'HERITAGE DIVE'ヘリテージダイブ
 
 
 
それはスペインが世界最強(*1)の国であった頃のお話です。
今から約370年前の1638年9月20日、当時世界最大であったスペインのガレオン船'コンセプシオン号'は東西貿易のためメキシコから太平洋を越えマニラで4万5千ペソ(現価108億円相当)の貿易を終えての帰路、嵐に見舞われ舵を失い、サイパン島の南岸で座礁、難破した。
   (*1)現在のメキシコ、フィリピンなどを領土にしていました。
 
 
1987年、アメリカのPADIインストラクター、海軍、海洋学者からなるチームが10ヶ月間に渡り海洋調査を行った結果、数々のゴールド、ダイヤ、サファイア、ルビーなどを発見した。それらの'遺産'は370年の歳月を経て、潮の流れにより幅約1キロの広範囲に渡って散らばり、海底に埋もれていた。当時のスペイン国王から日本の将軍、徳川家光に贈られる予定だった純金4000グラムをあしらって造られた皿と水差しの調度品の一部も見つかっています。 87年の調査チーム
当時のプリンセス・カタリ―ナ・ミカエラの肖像。当時は身分の高い男女の間では服を金や宝石のボタンが流行っていた。  
         
 
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  当時の捜索から 約20年… 「果たして彼らは全部見つけたのか???」
 
疑問をもったアクアスミスではちょっとマジになってこの現場を割り出し、海洋状況の調査とポイント開発を行い、ごく限られた人間しかアクセスできない20年前の捜索記録を入手し、最新の水中金属探知機をアメリカから取り寄せ、時間をかけて徹底的に”洗う”ことに・・・。

自社ボート就航により、開催可能期間は荒れていない限り、通年となりましたが、夏場がお奨めです。安全管理上、 最低20本の経験本数と、前日もしくは当日午前に他のポイントで潜り、参加許可を受けたダイバーのみを対象とさせて頂きます。

*写真は1987年の調査によって引き揚げられた金の装飾品、ルビー、サファイア、ダイヤモンドの指輪など。
   
 
 
コース内容
◎1ダイブ
◎潜水時間:約60〜90分(エアの許す限り)
◎催行人数:1〜3名様(1組様限定チャーター)
◎料金:$149(ボートチャーター代・金属探知機レンタル代含)*1名様での催行は+$30で可能です。
参加条件:
◎経験本数20本以上
注:自社ボート就航によりエントリー・エキジットが大幅に容易になり、エリアへのアクセスも移動がなくなったことにより、参加条件が以前の『100本以上』から『20本以上』に大幅に改正されました。
   *潜水時間が非常に長くなる為、減圧症を予防する観点から、半日で1ダイブとなります。2ダイブご希望の際は午前・午後各1本にて催行します。    
 
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  Behind the Story
   
 
1565年から1815年の間、太平洋をまたぐメキシコ〜フィリピンを結ぶ東西貿易は当時、 世界で最も取引額の大きな貿易であり、また最長の航海のため危険でもあった。2世紀半に渡って続けられた この貿易は、総数1000名を越える人命と40以上のガレオン船が失われたといわれている。
   
   
 
コンセプシオン号'は当時世界最大のガレオン船であった。 150〜200名の船客と同数のクルーの総数約350名が乗っていたといわれる。 1等船客の航海旅券は一人当たり1000ペソ(現価240万円)。 同船には4万5千ペソ(現価108億円相当)が積載されていた。 世界の東西を結ぶこの貿易は投資額の300%になったといわれている。 安全上、航海は必ず2艘の並航で行われた。
   
   
 

1638年8月、コンセプシオン号は同船よりやや小さいアンブロシア号を伴い、
メキシコ・アカプルコに向けてマニラを出発。船には貿易で得た宝石、明王朝の壺を初めとするアジア各地の宝、 フィリピン総督セバスチャン・コルクエラからスペイン政府へのわいろとなるはずであった大量の貴金属・宝石類が積まれていた。 また、スペインの国王から徳川家光に贈られるはずであった純金4000グラムで造られた皿と水差しも積まれていた(写真は発見された一部)。 *日本では同年2月に島原の乱を鎮圧したばかりで、キリシタンを追放、国外への渡航を禁止、 国外に出た日本人の帰国も禁じるなど、急速に鎖国に向かっている頃であり、この贈り物も受け取ら れず、本国へ還されることとなった。
   
   
 

70年の歴史を持つ東西貿易の帰還率は95%以上であった。 その油断からか、当時は航海の経験よりも身分の高い者が総督に選ばれることが多かった。 'コンセプシオン'の総督にはガバナー(知事)の甥っ子で経験の未熟な、 弱冠22歳のフランシスコ・コルクエラが指名された。
(画像参考文献:"The treasure of the Concepcion"より  
   
   
 

太平洋に出る頃、コース取りについて船の役員の間で意見の対立が発生した。 コルクエラは対立を抑えられず、船もまた、強い西風にあおられ、予定のルートから大きく南に離れていった。 視認距離内にいることが航海の絶対条件であったにも関わらず、サイパン島の北に 進路を取ったアンブロシア号を見失い、荒れた海の中、意見の相違は暴動へと発展しコンセプシオン号は 完全にコントロールを失い、暴風雨が発生した直後のサイパンの南へと流されていった。

9月20日、コンセプシオン号は大荒れの波によってサイパン島南岸の珊瑚礁域へ打ち付けられ、 損壊した船底からはおもりの役目をしていた岩袋や大砲の玉、貿易で得た宝石類や 貴金属、乗員乗客などが海へ放り出された。

長い間、スペイン人にひどい扱いを受けてきたサイパンの原住民、 チャモロ人達はこの時とばかりに彼等を絞め上げ、苴で突き、金品を取り上げた。 最終的に28人のスペイン人と、数人のスペイン人以外の人種が 生き残った。彼等のなかにはテニアンやグアムに移っていった人もいる。 後にスペインから宣教師がサイパンを訪れた際、民家の庭木にこの時の ものと思われる金の首飾りがぶらさがっているのを見かけ、スペイン国王へ 宛てた報告書に記述している。

7、8ヵ月後、このガレオンの角材がフィリピン・ルソン島の東沿岸で目撃されている。そして10ヵ月後、カヌーに乗った6人の生き残りがフィリピンのサマール島に流れ着いた。彼等のサイパンからの2週間の航海は飢えと渇き、不眠との 闘いであった。彼等によって、コンセプシオン号の辿った運命が明らかにされ、 当時の航海上、最も大きな難破船の歴史が世界に伝えられた。
   
   
   
 
そして370年の間、海底に埋もれた'コンセプシオン号'の遺産は、いまだ静かに眠っている・・・
   
   
 

2003年9月12日、難破から実に365年後、ヘリテージダイブで発見された青銅と見られる金属片。某有名大学で考古学の教鞭を執るF教授に「この船のものと考えてまず間違いないだろう。」とのコメントを頂きました。「それがなんだかはわかんないけど・・・。」とも(笑)。*この銅片は残念ながら04年のショップ移転の際に紛失してしまいました(笑)。
2006年6月16日、貴族の服のボタンの一部と見られる、純金細工を発見。'87年に引き揚げられたものの中(右写真)に全く同じものがあることから、この時のものと考えて間違いないでしょう。当時の金職人の手造りによる、繊細な装飾が施されています。ショップに展示中ですので、ぜひご覧ください。
(右写真の左列、下から3番目が左のボタンです)
*これら以外にも陶器の一部などが見つかっています。
   

台風などで砂利層が掘り返されるため、当時のものが水底に現れることもありますが、ヘリテージダイブでは耐水深度70mの水中金属探知機を使用し、砂底に埋もれた金属類も探します。戦争時の弾丸など危険なもの以外の金属類(ゴミ)も回収します。

(下)1987年当時の調査で見つかった”遺産”の分布マップ

X・・・貴金属 ・・・壺  ●・・・砲弾 ○・・・バラスト
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  *ヘリテージ=「遺産」
*‘ヘリテージダイブ'はアクアスミスのオリジナル・ダイビングコースです。商用を目的とする無断転用はお断りします。

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AQUASMITH.
   
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